カープの投げやりな投手応援歌が実は奥深かった件(スイングに関する打者のタイプ別分類の巻)

前々から気になっていることなのだが、カープの投手が打席に立ったときの応援歌は、歌詞がなんとも投げやりに聞こえる。

振らな何も始まらないから 強気で一か八か フルスイング♪

そりゃそうなんだけどさ――と呟きたくなる。確かに投手の打率は平均1割程度なので、客観的にみれば「一か八か」というのは当たらずとも遠からずなのだが、応援団なんだからもっと期待を込めてくれないと。ファンがこういう目線だから、どこぞの球団がDH制導入を主張しだすのではないか。

ただ、最近、この歌詞の奥に潜むインプリケーションが、実は案外深いのではないかと思うようになってきた。「振らな始まらない」ことは明白な事実であり、ただ、当然のことながら、振った次の瞬間にはバットにボールを「当てな始まらない」わけで、どんな球でも振ればよいわけはない。そこで、本日から3回シリーズで、打者の「スイング」について考察したい。

本日はまず、スイングに関する打者のタイプ別の分類を試みたい。

前置きから――スイング率とコンタクト率とは

野球をずっとみていると、積極的に振ってくる打者がいる一方、慎重に球を見極めるタイプの打者もいることを実感する。これを統計化し、打者が全投球のうちどの程度の割合でスイングしたかを示すのが「スイング率」である。この手のデータは、どうしてもMLBの方が入手し易く、Baseball-referenceでは、MLBの各打者についてAS/Pit(Percentage of Pitches Swung At)という指標を公表している(注)

(注)As/Pitとは、敬遠を除く全投球数を分母とし、そのうちスイングした球数の割合と定義されている。本来、公表主体の意思を尊重して「AS/Pit」と呼称すべきなのだろうが、少々馴染みにくい名称なので、本記事ではこの指標のことを「スイング率」と呼ぶことにする。

また、「振らな始まらない」の次にくる「バットに当てな始まらない」についてもみておく必要がある。この点、Baseball-referenceでは、各打者がスイングした球数のうち、バットに当てた(安打、凡打ないしファウルとなった)球数の割合も公表しており、こちらはサイト上の名称どおり「コンタクト率」と呼ぶ。

スイング率とコンタクト率の分布

打者のスイング率とコンタクト率の分布はどのようになっているのだろうか。上記Baseball-referenceのデータを使って、平成以降(1989~2020年)のMLBの全打者(ただし、シーズン打席数がチーム試合数(2020年シーズンは60、それ以外シーズンは約160)以上の打者に限る。このシリーズにおいて以下同じ)、スイング率とコンタクト率の分布を整理すると、次の散布図のとおりとなる。

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スイング率とコンタクト率の分布(1989~2020年MLB

これをみると、まず、スイング率、コンタクト率ともある程度広めのゾーンの中で分布していることだ。具体的には、スイング率については3割5分~5割5分のゾーンに集中しており(平均値は0.462)、コンタクト率について6割5分~9割までのゾーンに集中している(平均値は0.794)。また、散布図はこれらのゾーンの中でまるで円形の星雲を描くような分布となっており、スイング率とコンタクト率との間には、例えば片方の数値が高ければもう片方の数値が低い、といった特段の相関関係は認められなさそうだ。

NPBについても、過去3年分(2018~20年)のシーズン100打席以上の打者について分布を拾うと次図のとおりとなっており、概ねMLBと似た傾向が窺われる。

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NPBにおけるスイング率とコンタクト率の分布(2018~20年)

また、この分布の仕方は、打者のパフォーマンスの高さにあまり左右されない。MLB「得点寄与度の高い打者」(注)に対象を絞って、上図と同様に集計すると、次の散布図が描かれる。「全打者」について描いた散布図と傾向は変わらない

(注)ここでいう「得点寄与度の高い打者」とは、打者の得点寄与度を示す総合指標wOBA(Weighted On-Base Average。厳密にはwOBAの計算式の各係数は年によって変動するのだが、ここではトム・タンゴ氏の提唱するStandard wOBAを使用)が平均以上の選手のことをいう。

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wOBAが平均以上の選手についてのスイング率とコンタクト率の分布(MLB1989~2020年)

このようにスイング率が高くても低くても、ないしコンタクト率が高くても低くても、それぞれ優れた打者は存在するわけだ。そのため、スイング率やコンタクト率はそれ自体、打者のパフォーマンスというより「タイプ」を示す指標と理解すべきである。

「個性」はそう簡単に変わらない

スイング率・コンタクト率に表れる「打者のタイプ」というのは、シーズンごとに練習やコンディション次第で大きく変わるものなのだろうか。それとも、なかなか変わらない個性というべきものなのだろうか。この疑問に対する回答は、身も蓋もないのだが「そう簡単には変わらない」

平成以降のMLBの各打者のスイング率、コンタクト率の当年成績・前年成績間の関係を整理すると、次図のとおりとなり、かなり高い相関が認められる(相関係数はスイング率について0.821、コンタクト率について0.887)。このことが意味するのは、スイング率やコンタクト率が去年良かった選手は、今年も良い可能性が高い半面、去年悪かった選手は、今年もやはり悪い可能性が高いということだ。換言すると、バッティングにおける積極性(スイング率)やボールを捉えられる技量(コンタクト率)は、運や偶然であろうはずがなく、各打者に根差すプレースタイルないし才能ということなのだろう。

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スイング率・年度間相関(1989~2020年MLB

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コンタクト率・年度間相関(1989~2020年MLB

また、スイング率、コンタクト率の当年成績・前年成績の差について分布をとると次図のとおりとなる。スイング率、コンタクト率とも前年と比べ±2.5%以内の変化幅の選手数が75%超に上っており、やはり「個性」は長らくその人に宿るもののようだ。

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スイング率・コンタクト率の前年比変化幅の分布(1989~2020年MLB

ただ、それでもなお厳しい練習や修行を通じて「個性」を変え、成績アップに繋げたケースが絶無というわけではない。この点に関する輝けるサクセスストーリーは、このシリーズの最終回(第3回記事)で述べたいと思う。

本日は、スイング率とコンタクト率の分布を整理するとともに、これらは各打者の「タイプ(個性)」であり年度間であまり変動しない性質のものであることを説明した。いずれのタイプであれ優れた打撃成績を残している選手はいるのだが、長打力や出塁率など、もう少しブレイクダウンしてみたとき、タイプ毎にどのようなパフォーマンスの違いがみられるのだろうか。この点については、次回の「スイングに関する打者のタイプ別『特徴』の巻」で説明する。