野球観戦のTIPSとして・・好不調の統計分析(第一幕:打者の好不調)

今日のロッテとの練習試合での惨敗に気を弱くしたつもりはなく、シーズン前からネガティブに聞こえるかもしれないが、打者の好調不調やチームの連勝連敗の波が気になることがある。今回は、実際の成績データと、想定される打率・勝率に応じ、ランダムに打撃結果・勝敗結果を発生させた場合の試算値とを比較しながら、統計分析を行いたい。

本日は、第一幕:打者の好不調についてみてみよう。

好不調の振れ幅は、打率の高さのあまり関係なくシーズン平均打率±1分~1分1厘程度というケースが多い

好不調の波について、平成以降に規定打席数に到達したカープの選手の打撃結果のデータを使ってみていこう。1試合毎の打撃結果にはどうしても振れ幅が大きく、その日の相手投手の出来不出来に左右される面も大きいため、好不調の波を分析していく上では、直近5試合の打率(5試合後方移動平均)を中心にみていくことにする。

まず、好不調の波の大きさは、多くの打者について、好不調時の振れ幅はシーズン平均打率±1分~1分1厘程度であり、故障要因を除くと、選手ごとの好不調の波の大きさのバラツキはあまり大きくない。好不調の波の大きさを数値化するため、ほぼ統計学にいう「標準偏差」を計算する要領で、各選手のシーズン打率と、試合毎の「直近5試合の打率」との較差を二乗し、その総和を出場試合数で除した値の平方根を求めてみた。というと多少ややこしいかもしれないが、要するに、この数値は、選手ごと・シーズンごとの「直近5試合の平均打率」とシーズン打率との較差を意味する。この計数を集計したのが次図であり、1分~1分1厘を中心値として比較的狭い範囲内に集中的に分布していることが分かる。

f:id:carpdaisuki:20210217000809j:plain

打者ごとの直近5試合打率とシーズン打率との較差分布

このように較差分布がある程度中心値に収斂していることからも推察できるとおり、シーズン中の試合単位にブレイクダウンしても「好不調の波の高さ・低さ」は、必ずしも打率水準の高さに依存しない。ここで、分析対象の打者を「シーズンの打率3割以上」「2割5分以上(3割未満)」「2割5分未満」の3グループに分類し、シーズンを通じ、「直近5試合の打率が、シーズン打率をX分X厘上回った(下回った)試合数の分布」をとると次のとおりとなる。シーズン平均打率をその年における「本来の成績」だとすると、本来の成績対比でみた好不調時の打率の振れ幅は、本来の成績水準の高さにあまり影響されないことが分かる。

そして、この結果は、所定の打率水準を基に、コイントスのように「安打」「凡退」をランダムに発生させ、コンピュータに約10万試合を戦わせた場合(次図中、破線の折れ線グラフ)と概ね同じとなる。

f:id:carpdaisuki:20210217001205j:plain

直近5試合打率がシーズン打率をX分X厘上回った(下回った)試合数分布

不調の期間は10試合程度の我慢、連続試合無安打はせいぜい3~4試合の堪忍

次に、好不調の波の長さについてみていこう。まず、「シーズンの打率3割以上」「2割5分以上(3割未満)」「2割5分未満」の各グループについて、直近5試合の打率が、シーズン打率を何試合連続で下回ったか――についての分布をとると次図のとおりとなる。これをみると、不調の波は数シーズンに一度程度の頻度で稀に長引くものの、大半のケースでは10試合以内に終息していることが分かる。

こちらについても、コンピュータに約10万試合を戦わせた場合の試算結果(次図中、破線の折れ線グラフ)と概ね軌を一にしている。

f:id:carpdaisuki:20210217002814j:plain

直近5試合打率がシーズン打率を下回った連続試合数の分布

また、連続何試合にわたって無安打となったか、について同様に分布をとると、こちらは打率水準によって異なるが、「3割打者」だとシーズン中に1度以上みられるのは3試合連続までで、4試合続けば稀に長い方、ということになる。

f:id:carpdaisuki:20210217003145j:plain

連続試合無安打の分布

くどいようであるが、こちらについても、コンピュータに約10万試合を戦わせた場合の試算結果(上図中、破線の折れ線グラフ)と整合的であり、要するに打者の好不調は達観すると確率論どおりということのようだ。むろん、長期にわたる好不調があった場合、それらも織り込んだトータルの成績がシーズン打率なのであって、シーズン打率を所与として事後的に好不調を分析するのは、それ自体がフィクションなのだが、好不調の波は、大きくみると確率論どおりとも言えるし、確率論で説明できない程度の絶不調時には試合出場機会自体が奪われるわけで、確率論どおりとなるよう人為で調整されている可能性も考えられる。

こういう話をし始めると、「春ドレッド」「夏長野」のように、好不調の波云々というより、特定のシーズンの成績が際立って良い選手がいるのではないかとお思いの方もおられるかもしれない。ただ、この言説はこれはある程度正しいものの、ある程度は正しくない。というのが、まず、エルドレッド選手の直近5試合打率の推移をみていくと、キャリアハイだった2014年や25年ぶりの優勝を牽引した2016年については、確かに春先の成績が最も良く、夏場に落ち込んだ後、秋口に持ち直すという推移を辿っている。ただ、毎シーズンそうした推移なのかといわれると、必ずしもそういうわけではない

f:id:carpdaisuki:20210217003922j:plain

エルドレッド選手の各シーズンの「直近5試合打率」推移

「夏長野」についても同じことが当てはまる。他球団在籍中の成績が多いため、データが少し粗くなるが、「データで楽しむプロ野球」サイトから月別打率を引っ張ってくると、確かに2011年・2012年といった脂の乗り切ったシーズンは8月が最高成績となっているのだが、毎年そのとおりかといわれると、必ずしもそうではない

f:id:carpdaisuki:20210217004422j:plain

長野選手の月別打率の推移

ギース・尾関さんのコラム「10歳の娘が導き出した衝撃の結論『長野はなぜ夏に絶好調となる?』」は、衝撃の結論といいつつ、実はあまり確たる結論を導いていないのだが、筆者の結論は、ファンの印象に焼き付いているほど絶好調期が夏場に偏っているわけではない、という身も蓋もないものである。ただ、夏場に絶好調になるシーズンは、長野選手にとって良いシーズンということは言えるかもしれない。チョニキ、今年の活躍も期待してまっせ

次回は、第二幕として、チームの連勝連敗についてデータをみることにする。

せめてネット上で日南観光を味わってみた件

筆者は、例年この時期には日南キャンプを見学しに行っている。特にサインをねだるでもなく、ひねもす野手を中心として期待の若手の練習ぶりを観ては、勝手に期待を膨らませている。去年のキャンプには駐米スカウトに就任したエルドレッド氏が来訪され、駆け付けたファンを喜ばせてくれた。けれど今年は一軍・二軍を通じて無観客開催だし、何より緊急事態宣言中なので残念ながらキャンプ地往訪は見送っている。

仕方ないことなのだが、切なくもある。そんなわけで、今回は殆ど旅行会社の回し者のような記事になってしまうが、せめて気分だけでも、日南観光についてネット上で思いを述べさせて頂きたい。

絶品というべき「直ちゃんラーメン」

まず何といっても、キャンプ地・天福球場の間近にある直ちゃんラーメンは、非常に美味しい。この手の話をしだすと、よく「旅先で見当たった食堂の中では一番マシなところ」という類の消極的選択に対し、自らに説得するように満足感を語る人がいるが、この店は違う。濃すぎないスープにストレートな中麺がよく合う豚骨ラーメンは絶品であり、トッピングをつけたり、餃子やチャーハンを併せて注文しても良いが、普通のラーメンだけで十分満足できる。

因みに、ここはケムナ投手が高校時代にアルバイトをしていた店としても知られている。また、キャンプ中のカープの選手たちの昼食としてこの店のラーメンが出されることもあるという。2020年のキャンプインでは、セレモニーで地元幼稚園児の掛け声の中で「ラーメンが大好きなケムナ投手」などといじられていたと(おぼろげながらに)記憶しているが、昨年の日南キャンプ中、ケムナ投手は実際に直ちゃんラーメンを食す機会があったのだろうか。

キャンプ期間中は、天福球場の駐車場に屋台が軒を連ね、直ちゃんラーメンも欠かせず出店している。筆者は、朝方からキャンプを観にいくと、ほぼ毎年のように、そこでの「朝ラー」でお腹を満たしている。

なお、何をかくそう、筆者はこの店の売りの一つとなっている「れんげ」を持っているのだが、何となく勿体ない気がして使わず部屋に飾っている。

f:id:carpdaisuki:20210210224614j:plain

直ちゃんラーメンのれんげ

天福球場すぐの油津カープ商店街にあるアブラツ・コーヒーという喫茶店もおしゃれで落ち着いた雰囲気で、パンケーキが美味しい。地元商店街が行う、キャンプ中のイベント企画の中心的役割を担っているらしく、次に述べる「カープ・タウン化」に向けたクラウドファンディングに応じたりすると、この店の食事券が頂けることが多い。

アーケード付きの商店街を抜けると、すぐに堀川運河赤レンガ館にたどり着く。町の名前のとおり、この町が名産・飫肥杉の運送や漁業で栄えた歴史を静かに語ってくれる。

油津のカープ・タウン化

キャンプ地の油津は、正にカープタウンであり、街をあげてカープを応援してくれている。最寄り駅である油津駅は、2018年2月のキャンプインの日から、駅舎が真っ赤に塗られ、「カープ油津駅」との愛称が付されるようになった。また、油津カープ商店街にある「油津カープ館」から天福球場までの道も真っ赤に塗られた「カープ一本道」となっている。

時々、キャンプ期間中に一気に大勢の人が押し寄せることによるオーバー・ツーリズム状態に陥り、地元の方はかえってお困りなのではないかと思うこともあるのだが、これまでのところ、地元商店街はカープとコラボして選手もファンも温かく迎えてくれている。

また、カープ日南協力会さんは、ウェブサイトを開設し、キャンプ情報を刻々と届けてくれており、重宝している。今春は日南では二軍キャンプが行われているのだが、故障明けの大瀬良投手や西川選手など、錚々たるメンバーが集結している。

キャンプ地としての日南

さて、カープが日南でのキャンプを始めたのは1963年である。日南は宮崎県内でも温暖な土地である。日中最高気温の平年値をみると、日南は宮崎市内と比べても0.5度ほど高く、鹿児島市と比べても若干高めとなっている。

中国新聞の特集記事「カープ70周年・70人の証言」では「キャンプ地選びのポイントは、温暖な気候だった。球団マネジャーが球種各地を調べて歩き、年間の降雪日などを基準に決めた」とある点だ。九州は全体的に降雪が多くないが、実は鹿児島では時々雪が降る西南戦争で西郷軍が鹿児島を発った日も雪だったというし、カープが日南キャンプを始めた年の1月も積雪量の月合計値が65センチに達している。確かにこの記事でも続けて「バッテリー組は日南入りに先駆けて、1月中旬から鹿児島市での合同自主トレーニングに臨んだ。『ところが鹿児島は大雪でね。陸上競技場でただ走るだけだった。呉より寒かった』と苦笑いする」とある。1960年代当時は沖縄キャンプの実施が難しかったであろう中、日南は九州の中でも気温が高いうえに、積雪が少ないという優れた気象条件を満たしていたと言えよう(なお、本記事における気象データの出所はいずれも気象庁)。

f:id:carpdaisuki:20210210223722j:plain

日南(油津)の2月日中最高気温(平年)

ちょっと足を伸ばすと・・

油津から少し足を伸ばすと、飫肥江戸時代の武家屋敷や城跡が残っていて、歴史好きであれば一度は行ってみたい場所だ。飫肥城はかつて島津家と伊東家の激戦の地であるが、現在に残る城郭は平和な江戸時代の政庁という印象が強い。街の中の小高い場所に築かれており、坂を上り、城門をくぐってからの階段はゆったりしたたたずまいで、出仕する侍にとっての「登城」という言葉がすんなり受け入れられる。

そして、飫肥藩出身の偉人といえば何といっても小村寿太郎だろう。明治初年に5万1千石の小藩から才覚溢れる知識人を輩出できた背景には、飫肥藩が幕末にかけて藩校を作るなど藩士教育に力を入れていたことが挙げられよう。飫肥城跡近くに小村寿太郎の生家や記念館がある。

あと、筆者はキャンプ地を往訪しても、なかなか日南周辺に宿をとることが難しいため、宮崎市内に宿泊することが多いのだが、宮崎市内では何といっても「辛麺」が美味しい。ただ辛いだけではなく、溶き卵との相性が抜群で、かつ、こんにゃく麺との辛みが良く、やみつきになる味である。市内で辛麺を提供する店は数多くあるが、筆者自身は市内中心部からのアクセスの良さもあって、「辛麺屋輪」に行くことが多い。この店では、辛さの程度を指定することができる。

この他、宮崎はチキン南蛮の発祥地といわれており、発祥の店については複数説があるようなのだが、タルタルソースを使った調理法の発祥店「おぐら」は、むね肉を使い、甘さも控え目となっていて、美味しかった記憶がある。食べログでもTOP5000の栄冠に輝いているようだ。

因みに、記事中でも触れた油津の「堀川運河」に架かる堀川橋は「男はつらいよ寅次郎の青春」の撮影の舞台となったそうだ。寅さんならずとも辛い時期が続くが、早いことコロナ禍が終息して、再びキャンプ地を往訪できる日が戻ってくることを祈るとともに、目先の話として、カープの選手たちの順調な調整を期待したい。

クロン選手が「当たり」の場合、カープの4番は誰でいくべきか(Excelを使って打順論を分析してみた件)【付録】

今回の記事は無味乾燥で申し訳ないが、今回の一連のシリーズ記事(第1回第2回第3回)で使ったExcelシート(打順の組み方と得点期待値との関係試算)の考え方・前提について整理する。

基本的な計算方法は、まずはイニングの先頭打者のパターン毎(=先頭が1番打者のパターンから9番打者のパターンまでの9種類)に、1イニング中の得点期待値を計算し(工程1)、次いで、イニングの先頭打者の各パターンの発生確率を求め(工程2)、両者を掛け合わせ、9パターン分合計する、というものである。

以下、工程1、2について解説する。

工程1:イニング中の得点期待値の計算

イニング中の得点期待値の基本的な計算方法は、ある打者が打席に入る前のアウトカウント・走者状況をベースとして、①その打者の打撃結果を踏まえ、②打席後のアウトカウント、塁上の走者状況がどのように変化し、その間に何点獲得できるか、連鎖的に計算していく、というものである。

(1)各打者の打撃結果(打撃成績)

このうち、①について、各打者の打撃結果は、凡退、単打、二塁打三塁打本塁打四死球の6種類のいずれかと仮定し、打撃成績に基づき、どの打席でも同じ確率と仮定する(併殺、犠打・犠飛、盗塁や走塁死、失策による出塁・進塁は割愛した)。失策による出塁などを割愛した結果、これら6種類の合計値が打席数と一致するよう、打席数=打数+四死球数として計算した。また、単打や二塁打などの発生確率については、本文中で述べたとおり、今回記事ではカープの球団創設以来(1950~2020年)の全打撃成績の平均値を置いた。

(2)アウトカウント・塁上の走者状況

次に②について、アウトカウントのパターンは無死、一死、二死の3種類、塁上の走者状況のパターンは、走者なし、一塁、二塁、三塁、一二塁、一三塁、二三塁、満塁の8種類であり、アウトカウントと走者状況のパターンの組み合わせ数は、3×8=24通りである。イニング中、各打者の打撃結果により、24パターンのいずれかからいずれかへと遷移していく。例えば、無死走者なしから単打を放てば、無死一塁の状況へと変化する。さらにその次の打者が三塁打を放った場合、1点獲得の上、無死三塁の状況へと変化する。多少ややこしいのは、走者二塁の状態から単打がでた場合に、二塁走者が三塁で止まる可能性も、一気に生還する可能性もあることである。この点、今回の試算では、走者二塁の状態からの単打で二塁走者が生還する確率を50%と置いた。同様に、一塁走者が二塁打で一気に生還する確率や、一塁走者が単打で三塁まで進塁する確率についてはそれぞれ35%と仮定した。

これらの前提に基づき、ある打者の「打席前のアウトカウント・走者状況」と打撃結果を踏まえた「打席後のアウトカウント・走者状況」の関係は、表のようにまとめることができる。

f:id:carpdaisuki:20210205230916j:plain

打席前後の走者状況の変化に関する計算式

そして、この表をいわば横方向に集計していくと、打撃結果を踏まえた打席後の走者状況は、次表のとおりとなる。

f:id:carpdaisuki:20210205231613j:plain

打撃結果を踏まえた打席後の走者状況の計算式

この集計表を基に、打席に立った打者の「打撃結果」として、想定する打者の打撃成績データを代入すると、打席後のアウトカウント・走者状況の発生確率を計算することができる。例えば無死一塁の状況で打席を迎えた打者について、その打席後のアウトカウント・走者状況は次のようになる。

「走者なし」となる確率=本塁打

「走者一塁」となる確率=凡退率(→アウトカウントが+1)
「走者二塁」となる確率=二塁打率×0.35
「走者三塁」となる確率=三塁打
「走者一二塁」となる確率=単打率×0.65+四死球
「走者一三塁」となる確率=単打率×0.35
「走者二三塁」となる確率=二塁打率×0.65
「満塁」となる確率=ゼロ

あとはひたすらこの計算を繰り返していく。例えば、

「打席後に走者二塁となる確率」
=打席前に「走者なし」の確率×「走者なし」からの打席後に「走者二塁」になる確率
+打席前に「走者一塁」の確率×「走者一塁」からの打席後に「走者二塁」になる確率
+打席前に「走者二塁」の確率×「走者二塁」からの打席後に「走者二塁」になる確率
+打席前に「走者三塁」の確率×「走者三塁」からの打席後に「走者二塁」になる確率
+打席前に「走者一二塁」の確率×「走者一二塁」からの打席後に「走者二塁」になる確率
+打席前に「走者一三塁」の確率×「走者一三塁」からの打席後に「走者二塁」になる確率
+打席前に「走者二三塁」の確率×「走者二三塁」からの打席後に「走者二塁」になる確率
+打席前に「走者満塁」の確率×「走者満塁」からの打席後に「走者二塁」になる確率

となる。これを全ての走者状況について計算していく。

塁上の走者状況だけでなく、アウトカウントの遷移についても同様に集計していく。計算を繰り返して(打順を進めて)いくうちに、やがて「凡打が3回発生する確率」は極限まで1に近づいていく。ただ、計算上は、計算を何回繰り返しても「凡打が3回発生する確率」が完全に1にはならないため、便宜上、ほぼ「1」に達したところで(打者数21名までで)計算を打ち切っている。

なお、この際、どの打順で「3回目の凡打となるか」の確率分布も併せて算出しておく。この確率分布は後から述べる工程2で役立つ。

(3)イニング中の得点期待値

上述(2)で述べたアウトカウント・走者状況が遷移する中で入る得点数についても、(2)と同様の計算方法により求められる。すなわち、打者が打席に入る前の走者状況毎の、打撃結果を踏まえた得点期待値については、次表のとおり整理できる。各打者が打席に入ったときの走者状況については既に(2)で算出したとおりであり、各打者の打撃成績を当てはめることにより、イニング中の得点期待値を求められるわけだ。

f:id:carpdaisuki:20210205232232j:plain

打席前の走者状況ごとの打撃結果を踏まえた打席後の得点数計算式

以上の計算を、イニングの先頭打者のパターン毎(=先頭が1番打者のパターンから9番打者のパターンまで)9通り行う。また、既述のとおり、各パターンについて、どの打順の選手で「3回目の凡打となるか」の確率分布も併せて求めておく。

工程2:イニングの先頭打者の発生確率

イニングの先頭打者の各パターンの発生確率は、各パターンの「どの打順の選手で『3回目の凡打となるか』の確率分布」を用いて算出する。まず、初回については計算の必要がなく、必ず1番打者が先頭となる。また、2回の攻撃については分かり易い。例えば初回の攻撃で「3回目の凡打」となる確率が、3番打者:25%、4番打者:20%、5番打者:15%、6番打者:10%・・の場合、2回の攻撃での先頭打者は、4番打者である確率が25%、5番打者の確率が20%、6番打者15%、7番打者10%となる。

3回の攻撃以降については、多少ややこしい。2回の攻撃において、

(a)先頭が4番打者の場合(確率25%)→2回の攻撃で「3回目の凡打」となる確率分布が、6番打者:20%(6a)、7番打者:15%(7a)、8番打者:12%(8a)・・
(b)先頭が5番打者の場合(確率20%)→同じく確率分布が、7番打者:30%(7b)、8番打者:20%(8b)・・
(c)先頭が6番打者の場合(確率15%)→同じく確率分布が、8番打者:35%(8c)、9番打者:30%(9c)・・

だとすると、例えば3回の攻撃の先頭打者が9番となる確率は、2回の攻撃での先頭打者のパターンの発生確率と、そのもとでの8番打者で「3回目の凡打となる」確率とを行列計算のように掛け合わせ、合計することにより計算できる。具体的には、

(a)2回の先頭が4番打者(25%)×12%(8a)
+(b)2回の先頭が5番打者(20%)×20%(8b)
+(c)2回の先頭が6番打者(15%)×35%(8c)
+・・・

という要領で計算していく。この計算を9回まで続けることにより、試合中・各イニングで先頭打者となる打順の発生確率を算出する。

注意点

この計算方法には、いくつか割り切っている点がある。

まず、併殺や失策による出塁、犠打・犠飛を無視している点である。また、盗塁や盗塁死を勘案していない他、2塁走者の単打での生還率など、選手毎の走塁能力の違いを無視している。ただ、これらの要素が打順の組み方次第で影響を受けるにせよ、得点期待値にかかる結論を大きく変えるほどの違いが生じるとは考え難い。

あと、計算方法というより、試算によって何を導きたいか、というコンセプトの問題なのだが、攻撃回数は一律「9回」として計算し、代打・代走による選手交代は一切勘案していない。

さらに、選手の好不調や相手投手との相性なども考慮していない。それに、「その打順に据えることによる打撃成績への影響」も勘案していない。これらの点についてはセイバーメトリクスの先行研究でも大概そうなのだが。実際には「4番打者の矜持や重圧」というような心理的影響もあるだろうし、強打者の次打者が凡庸な打者であるか好打者であるかによって、相手投手に勝負してもらえる確率が違ってくるため、四球率や得点数が変わってくる可能性がある。

このように、あくまで試算は試算であって、いかにモデルを精緻化しようと所詮、一定の前提に基づく演算結果に過ぎない。ただ、一般的な傾向を掴む上では、複雑で偶発性の高い要件をいったん除去して分析した方が、クリアにインプリケーションを得易いことも確かだと思い、今回シリーズの記事では、上述の(割とシンプルな)前提に基づき、仮想チームを想定して考察した次第である。

クロン選手が「当たり」の場合、カープの4番は誰でいくべきか(Excelを使って打順論を分析してみた件)③

前回までの記事では、仮想のケースに基づき、高打率打者、長距離打者の打順と得点期待値との関係について試算した。今回は、もう少し現実のケースに引き付けて、クロン選手が「当たり」だった場合、クロン選手と鈴木選手のどちらが4番であるべきか、占ってみることにしたい。

「2番・鈴木選手、3番・クロン選手」がベストか――。

外国人選手のNPBでの活躍度については、蓋を開けてみなければ分からないのだが、このシリーズ最初の記事の冒頭で触れたとおり、クロン選手に対する期待は高い。
そこで、前回記事まででとり上げた仮想チームをベースとしつつ、トップバッターとして最多出塁率タイトルを獲得した「2017年シーズンの田中広輔選手」を仮定した上で、そこに「2014年シーズンのエルドレッド選手」(本塁打王タイトルを獲得)と、「2019年シーズンの鈴木誠也選手」を加えたケースについて試算してみた。

この前提のもとでは、鈴木誠也2番・エルドレッド3番」が最も得点期待値が高まるとの計算結果となった。次いで「鈴木誠也2番・エルドレッド4番」「鈴木誠也3番・エルドレッド4番」という順である。やはり、出塁率長打率も高い鈴木誠也選手と、長打力が売り物のエルドレッド選手とでは、鈴木選手の打順を前に置いた方が総じて得点期待値が高まるようだ。また、一番打者の高出塁率が期待できるもとにおいては、長距離打者を「2番・3番」に置くのがベストという計算結果となった。

f:id:carpdaisuki:20210205215941j:plain

エルドレッド選手(2014年)と鈴木誠也選手(2019年)の打順配置と得点期待値

(注)1番打者については、田中広輔選手(2017年)とする想定で試算。

河田ヘッドコーチのバント重視の方針と打順論

2021年シーズンからコーチに復帰した河田さんは走塁とバントを重視する路線といわれていることは、以前の記事で触れた。また、一般論として無死一塁からの送りバントは、得点期待値を自ら下げにいく行為なのだが、相手が出塁をあまり許さない好投手で、かつ、バント成功率や走者の走力が高い場合、そしてリーグ全体の長打力が低いほど、送りバントが「少なくとも1点はとれる」という得点確率を引き上げる可能性があることも、その記事で述べたとおりである。

今回の分析でもう少し書き足せることがあるとしたら、送りバントを行う場合、バントを行わない場合と比べ、中軸なかんずく3番による打点を恃みにする度合いが高まるということだ。ここで、仮想チームをベースとして、1番打者として高打率打者、3番~5番に長距離打者を置き、2番打者が送りバントを行うケースと行わないケースの別に、打者毎の期待打点数を計算してみた(※)。その結果、「送りバントを行う」チームでは、総じて得点力が低下する中、3番打者の期待打点数に限っては「送りバントを行わない」チームを僅かながら上回る。また、チーム全体の得点期待値に占める3・4番のウェイトは「送りバントを行う」チーム:35.1%、「行わない」チーム:34.1%となり、「送りバントを行う」チームの方が中軸に頼みにする度合いが高くなっている

(※)試算上、2番打者は無死一塁の場面で必ずバントを行うという、少し現実離れした仮定を置き、85%の確率で成功(一死二塁の状態となる)し、残り15%の確率で失敗する(一死一塁の状態となる)との前提を置いている。

f:id:carpdaisuki:20210205222039j:plain

送りバントを行うチーム、行わないチームの打順別の期待打点数の較差試算

この結論は、3番打者を長距離打者でなく高打率打者に置き換えて試算し直しても変わらない。いずれにせよ、送りバントを企画するチームは、「3番・次いで4番」による打点を恃みにする度合いが高まる一方、5番打者は、送りバントを積極活用する作戦により打点をあげられる機会が低下しがちである。それでも上2つのグラフを比較すると分かるとおり、送りバントを行う、行わないとは別の話として)3・4番の打率が高いほど5番打者へのチャンスの巡りが良くなるため、5番打者の期待打点数は絶対的に高くなる

f:id:carpdaisuki:20210205223224j:plain

送りバントを行うチーム、行わないチームの打順別の期待打点数の較差試算(3番打者を高打率打者とした場合)

結論:「3番西川、4番鈴木、5番クロン」でどうか?!

上述の理屈を踏まえつつ、河田コーチのバント重視路線のもとで、クリーンアップの打順はどうあるべきだろうか。

まず、仮想チーム(2番打者は無死一塁で必ずバント)に1番打者として田中広輔選手(2017年)を置いた上で、鈴木選手(2019年)、エルドレッド選手(2014年)の2人のみを加えるケースについては、3~4番を「鈴木選手―エルドレッド選手」の打順(4.612点)とした方が、「エルドレッド―鈴木選手」(4.581点)を上回るのは、この記事の冒頭で述べた結論と変わらない。

次に、この2人に加え、さらに天才西川こと西川龍馬選手(2018年)まで加え、この3人でクリーンアップを担うこととしたとき、3~5番の打順はどの組み合わせがベストなのだろうか。

f:id:carpdaisuki:20210205225116j:plain

カープのクリーンアップの打順配置別の得点期待値試算

得点期待値を計算すると上記のとおりとなり、甲乙つけ難いものの、算術上「西川―鈴木―エルドレッド」が最も高くなった。左右のジグザク打線を考えるなら、「鈴木―西川―エルドレッド」も捨てがたいのだが

どうやら上記の理屈のとおり、打率(出塁率)の高い西川選手、鈴木選手の2人に打点を挙げる役回りを担ってもらうとともに、チャンスをエルドレッドに引継ぎ、長打でさらに得点を稼ぐ、という打順の組み方がベストのようだ。

かなり長ったらしく御託を述べてしまったが、結論は、クロン選手がエルドレッド級の活躍をしてくれる場合の打順は「3番:西川選手、4番:鈴木選手、5番:クロン選手」が良いと思うのだが、いかがだろうか。

 

クロン選手が「当たり」の場合、カープの4番は誰でいくべきか(Excelを使って打順論を分析してみた件)②

前回記事では、全員の打撃成績が均質な仮想チームに長距離打者、高打率打者を1人ずつ加えた場合について試算すると、長打力の高い打者は中軸に、打率の高い打者は上位に据えるのがベスト、との結果となることを説明した。本日はもう少し前提を複雑化させ、仮想チームに長距離打者ないし高打率打者を複数加えた場合について試算する。

仮想チームに高打率打者を2人加えるとしたら、1・2番がベストか

まず、仮想チームに高打率打者を2人加える場合について試算すると、「1・2番」の組み合わせがベスト、次いで「1・5番」という結果となった。「1・5番」は時々耳にする「打順のどこからでも得点できるよう、好打者を分散して配置すべき」論の表れなのだが、得点期待値の計算上は、よく「好打者が続くよう打線を組むべき」論に勝てないことが窺える。

f:id:carpdaisuki:20210205205115j:plain

高打率打者2人の打順配置と得点期待値

仮想チームに長距離打者2人を加えるとしたら、「4番・3番」がベスト

次に仮想チームに長距離打者を2人加える場合について試算すると、素直に「4番・3番」に置くことがベストという結果となった。次いで「4番・2番」「4番・1番」「3番・2番」という順となり、スラッガーは4番を軸として3番(それに次いで上位)に固めて配置するべきということになる。「打順のどこからでも得点できるよう、好打者を分散して配置すべき」という議論は、長距離打者タイプの打者に関しても当たらず、やはり好打者の打順は固める方が得点期待値を効果的に高められるようだ。

f:id:carpdaisuki:20210205210825p:plain

長距離打者2人の打順配置と得点期待値

仮想チームに「長距離打者」「高打率打者」を1人ずつ加えるなら、高打率打者を1番・長距離打者を3番に(長距離打者については僅差でそれに続き4番・2番)

さらに、仮想チームに「長距離打者」「高打率打者」を1人ずつ加えた場合、どうなるだろうか。その試算結果は「長距離打者」は3番(次いで4番・2番)に、「高打率打者」は1番に据えると、最も得点期待値が高まる。前回記事では「長距離打者は4番が定石」と説明したが、1番打者の打率が高いと若い打順のうちに走者数が貯まり易くなるため、長距離打者は僅かながら「3番」がベストとなり、それに次ぐ「2番」も殆ど遜色がない。

f:id:carpdaisuki:20210205211122j:plain

長距離打者・高打率打者の打順配置と得点期待値

「長距離打者」をさらに1人加えるとしたら、2人目の長距離打者は4番、次いで僅差で2番(高打率打者は1番、長距離打者は3・4番次いで2・3番)

仮想チームに「長距離打者」「高打率打者」を1人ずつ加えた状態から、さらに1人「長距離打者」を加える場合、2人目の長距離打者はどの打順に置くと良いのだろうか。上記の試算結果を踏まえ「高打率打者」を1番、「長距離打者」のうち1名を3番で固定し、もう1人の「長距離打者」の打順について試算してみた。

これによると、もう1人の「長距離打者」は4番打者とすることがベストであるが、2番打者に据えた場合も、得点期待値は殆ど遜色ない

f:id:carpdaisuki:20210205211831j:plain

高打率打者を1番に、長距離打者を3番に置いた状態から、さらにもう1人長距離打者を加える場合における打順配置と得点期待値

特に2人目の長距離打者を2番とする発想は、上位打線にパフォーマンスの良い打者を固めようというコンセプトであり、こうまで上位に好打者を固める打順の組み方をすると、さすがに偏っていて、打順の巡りによって得点の入り易いイニングと入り難いイニングが分化するのではないかという懸念を抱いてしまうし、実際それ自体は正しい。長距離打者の打順を「2番・3番」、「3番・4番」、「3番・5番」とした場合それぞれについて、イニング先頭打者の打順毎の期待得点数(1イニング当たり)の違いをとると、「2番」の場合には得点期待値の高いイニング・低いイニングの「山・谷」の差がひときわ大きいことが分かる。ここからも「2番打者重点化」とは、上位打線に繋がるイニングでとり得る点をとり切ってしまうコンセプトであることがはっきりとみてとれる。

f:id:carpdaisuki:20210205212655j:plain

長距離打者の打順配置と、イニング先頭打者別の得点期待値(1イニング当たり)

因みに、上図からもみてとれるように、長距離打者を「2番・3番」とした場合、先頭打者が9番で上位へと繋がっていくイニングでの得点期待値が高くなるため、9番打者に優れた打者を置くべきとの発想から、DeNAのラミレス前監督が好んで採用していた「投手8番」の有効性が取り沙汰されることがある。ただ、今回の試算方法に当てはめる限り、「投手8番」のときの得点期待値は3.9809、「投手9番」のときは3.9814と算出され、ごく紙一重で「投手9番」が上回るが、どっこいどっこいである。なぜこういう結果になるかというと、確かに「投手8番」の方が9番打者から始まるイニングでの得点期待値を高くできる(グラフの実線折れ線グラフ)のだが、「先頭打者9番」と並んで得点期待値の高い「先頭打者1番」となるイニング数については「投手9番」とした方が多くできる(グラフの破線折れ線グラフ)ため、両者の効果が打ち消し合うからである(※)。

(※)投手打撃成績の想定は、カープの2020年投手陣の打撃成績平均値を置いた。具体的には、「単打」/打席数:11.2%、「二塁打」/打席数:1.4%、「三塁打」/打席数:ゼロ、「本塁打」/打席数:0.5%、「四死球」/打席数:4.2%

f:id:carpdaisuki:20210205213915j:plain

投手の打順を「8番」「9番」とした場合のイニング先頭打者別の得点期待値(1イニング当たり)・各打順が試合中にイニング先頭打者となる回数期待値

以上、取り留めなく試算結果を紹介し続けたが、前回・今回の試算結果を総合すると、次のようなことが言えるのではないかと思う。

出塁率の高い選手については、まずは1番打者とするのが最適。なぜなら、1番打者は打席数が最も多くなるため、出塁率の高い選手を1番に置くと、最もチームとしての出塁数を多くできるからだ。

長打力の高い選手については、走者数の最も貯まり易い打順に置くのが最適。ただ、その打順が具体的に何番かについては、そのチームにどのような打者がいるかによって異なり、一概に言えない。

前回記事でみたように、打撃成績が軒並み平均的なチームに1人だけスラッガーがいる場合には「4番」が最適だが、1番打者の出塁率が高い場合には、より若い打順のうちに走者数が貯まり易くなるため、僅かながら「3番」に置くのが最適となる。さらにスラッガーを補強できた場合には、走者数の貯まる打順がさらに繰り上がるため、スラッガー2人の配置の仕方は「3番・4番」「2番・3番」が拮抗するようになる。

「あるべき打順」論については、在野のファンから野球解説者、研究者に至るまで百家争鳴である。以上でみてきたとおり、あるべき打順論は、その時代・リーグの強打者の人数等次第なので、この論争は永遠に終わらないと思う。また、各論者が念頭に置く投打バランスの前提が異なると、議論がかみ合わなくなることも珍しくないだろう。

最近MLBを中心に流行りだしている「二番打者重点化」の理論的根拠は、トム・タンゴ氏らの「The Book: Playing the Percentages in Baseball」なのだが、ネット上ではこの論文を巡り、「3番より2番が重要と言っている」「いや、最重要なのは出塁率の1番と長打力の4番であって、2番打者最強とまでは言っていない」といった解釈論争がみられる。ただ、その解釈のいかんにかかわらず、もしかするとタンゴ氏らが論文を公表した2007年からの10年以上の歳月の中で、タンゴ氏が思った以上にMLBの長打力水準が向上し、タンゴ氏らが当時主張した以上に二番打者の重要性が高まっている可能性は否定できない。
一方、野球評論家の江本孟紀さんが「“長打力と高出塁率”の両立を継続できる選手なんて、日本にはなかなか見当たらない」ことを理由に「二番打者最強論」を批判されているが、NPBの実態をどう評価するかはさておき、今回の分析に照らしても「強打者が少ないもとにおいては、二番打者の重点化が最適解ではない」という見方は支持できる。

いずれにせよ、田中広輔選手が復調し、大盛選手が台頭するカープでは、先頭打者の高出塁率を期待できそうなので(そう信じるもとにおいては)、2番から中軸にかけての打線が重要な得点源になってくることは確かなのだろう。

次回は、これまでの整理を踏まえ、クロン選手が「当たり」の助っ人となった場合、カープの4番は、クロン選手と鈴木選手のどちらが最適なのか、について考察したい。

クロン選手が「当たり」の場合、カープの4番は誰でいくべきか(Excelを使って打順論を分析してみた件)①

プロ野球がキャンプインした。球春到来である。

各球団ともコロナ禍で新規獲得した外国人選手の入国が遅れている中、カープが獲得したクロン選手は、年初には日本入りを果たすというファインプレーを成し遂げ、キャンプインから姿をみせてくれている。そればかりか、早速、日本野球に順応するとともに、チームに溶け込もうとする真摯な姿勢が伝わってきて好感度が高い。以前の記事で紹介したとおり、クロン選手は米マイナー(AAA)の2019年本塁打王であり、筆者自身は6~7番あたりを担ってもらうイメージかと思ってきたが、ファンの間の期待値は高まる一方で、エルドレッド選手以来の活躍を待望する声が多く聞かれる。

こうした期待の高まりに拍車をかけているのが、コーチや解説者たちのコメントである。迎コーチは「体の大きさもあってエルドレッドに近い。ただ、それにプラスしてボールに対して(バットを)ラインに入れられる能力が高い。柔らかさはカントリーよりあるのかな」とコメントされている。達川さんも「モノが違いますね」「パワーはエルドレッドと同じくらいということなんですけれど、エルドレッドより良い部分は、右のヒジの入りが非常に良いです」「この入りのバッターは、ボールの軌道とバットの面がきっちり合うんでね。当たる確率は高いですよ」とのことだ。

それでは、クロン選手がエルドレッド選手並みの「当たり」の場合、4番打者はクロン選手と鈴木選手のどちらとするのが最適なのだろうか。打順の組み方による得点期待値の計算は、R言語などを使ったプログラミングを要するのではないかと思い込んできたため、これまでなかなか手が出なかったのだが、Excelでいい具合に簡易なモデルを作ることができたので、そちらを使って分析していきたい(モデルの説明はシリーズ最終回の「付録」参照)。

打順の組み方による得点期待値への影響

ここから長い前置きとなってしまい恐縮なのだが、まずは打順の組み方による得点期待値への影響について整理したい。

「肝」となるところを最初に述べるならば、得点期待値を最も高めるための要素は、チームの金看板というべき好打者の①打席数の最大化、②好打者に打順が巡ってきたときの走者数の最大化、の2つである。

「長距離打者」を1人加えるならば4番(次いで僅差で3番)、「高打率打者」を1人加えるなら1番

まず分かり易いところから、打撃成績が全員とも同じという仮想チームを想定し、その中に「長距離打者」ないし「高打率打者」を1人だけ加えた場合、どの打順に据えると得点期待値を最大化できるか試算した。

前提の説明をさせて頂くと、仮想チームの打撃成績については、カープの球団創設以来(1950年~2020年)の全打撃結果の平均値をとってみた。因みに、この前提どおりの仮想チームの得点期待値は3.74点である。

(前提)
「単打」/打席数:16.6%、「二塁打」/打席数:3.6%、「三塁打」/打席数:0.4%、「本塁打」/打席数:2.4%、「四死球」/打席数:8.8%

また、「長距離打者」については、実際には四球が多いなど出塁率も高いケースが多いのだが、ここでは純粋に長打力による影響を抽出するため、本塁打率「のみ」特に高い打者を想定することにした。具体的には、上述の前提をベースとしつつ、本塁打率についてのみ、カープの球団最多本塁打を記録した1980年の山本浩二さんの本塁打率(539打席中44本塁打)に置き換えた(本塁打率を引き上げた分、単打率を減じることで、打率を上記前提並みに揃えた)。

「高打率打者」については、打率ないし出塁率「のみ」特に高い打者を想定することにした。具体的には、上述の前提をベースとしつつ、打率が1988年の首位打者タイトルの正田耕三さんの成績:.340となるよう、単打率のみ引き上げてみた。

(1)長距離打者を1人加えた場合の試算結果

「長距離打者」を1人加えた場合の試算結果は、長距離打者を4番に据えるのがベストで、それに僅差で続くのが3番となった。「スラッガーは4番ないし3番であるべき」という伝統的な言説は的を射ていたのである。

ただ、同時に指摘しておきたいのは、得点期待値がベストの打順(長距離打者4番)とワーストの打順(同9番)との差は0.036点である。セイバーメトリクスの世界では、概ね「得失点数10=1勝相当」と捉えており、「0.036点」は、約270試合――およそ2シーズン弱相当――について1勝分の違いというイメージである。この違いをごく限定的なものとみるか、それとも、監督の差配一つで出すことのできる違いとしては大きいとみるかは各人の価値観次第だろう。なお、長距離打者を4番に据えた場合と3番に据えた場合の得点期待値の違いは0.005点の僅差であり、日々観戦しているファン目線からは殆ど不可視的である。

f:id:carpdaisuki:20210203230927j:plain

長距離打者をどの打順に加えると得点期待値を最大化できるか

長距離打者を中軸に据えることにより得点期待値を最大化できる理由は、イニングの先頭打者から3番目あたりの打者が最も走者を溜めた状態で打席に入れる確率が高く、イニングの先頭打者は1番打者が務めることとなる確率が最も高いから(初回の攻撃において必ず先頭打者が1番打者となるため)である。

f:id:carpdaisuki:20210203231648j:plain

長距離打者を1人加えた場合、その打順による長距離打者の打席数・走者状況の違い

3番ないし4番あたりが最も走者数がたまった状態になり易い、という現象は、チーム全体の打率(出塁率)の全体的水準にかかわらず当てはまる。ここでチーム打率を、カープ球団創設以来最低水準(1956年の.214)に置き換えて計算し直しても、長距離打者のあるべき打順が「4番、次いで3番」という結論に変わりはない。

f:id:carpdaisuki:20210203232013j:plain

長距離打者をどの打順に加えると得点期待値を最大化できるか(チーム打率が低い場合)

(2)高打率打者を1人加えた場合の試算結果

次に、高打率打者を1人加えた場合について試算すると、トップバッターとすることがベストという結果になった。この場合も打順による得点期待値の差は微妙で、最大値(高打率打者1番)と最小値(同9番)との差は0.036である。

f:id:carpdaisuki:20210203232243j:plain

高打率打者をどの打順に加えると得点期待値を最大化できるか

高打率打者を上位に据えた方が得点期待値が高まる理由は、打順が上位になるほど試合中に巡ってくる打席数が多くなるため、チームとしての総安打数を増加させ、もって得点可能性を高められるからである。

f:id:carpdaisuki:20210203232606j:plain

高打率打者を1人加えた場合、その打順による高打率打者の打席数・走者状況の違い

このように、平均的ないし平凡なチームに好打者を1人だけ加える場合、それが打率の高い打者であれば打席数が多くなり易い上位に置くことが適当であり、長打力のある打者であれば走者数の貯まり易い中軸に据えるのがベスト、というのが本日の結論である。ただ、現実の野球チームはこんなにシンプルではなく、打者毎の個性がもっと強いはずだ。そこで、次回は、もう少し前提を複雑にして試算作業を続ける。

火消し屋と「防御率詐欺」の正体に迫る②

前回記事では、優れた投手ほどいわゆる「防御率詐欺」に陥りやすく、実際、救援投手の過半は「防御率詐欺」に該当することを説明した。また、救援投手の「引継走者生還率」は、ごく相対的な傾向として奪三振率が高く、WHIPが低いほど低くなり易いものの、これらの指標との強い相関は認められないこと、さらに「引継走者生還率」の年度間相関は認められず、要するに年毎に運不運が左右するものであることを述べた。

それでは、「火消し屋」を期待される投手たちの機能・役割とは、本質的にどのようなものだと考えるべきなのだろうか。

救援投手すなわち火消しのプロとは限らない

身も蓋もない話なのだが、統計的にみる限り、救援投手が押しなべて先発投手よりも「火消し」能力が優れているとは限らないBaseball-referenceでは無死ないし一死で三塁に走者を置いたときの生還率についての統計が公表されている。これによると、三塁走者の生還率は、先発投手か救援投手かの差が殆どない。若干、救援投手の方が生還回避率の高い投手と低い投手のバラツキが大きいものの、平均値の水準に大きな違いは認められない。つまり、平均的なパフォーマンスをみる限り、救援投手が押しなべて火消しのプロとは必ずしも言えないということだ。

f:id:carpdaisuki:20210201222157j:plain

救援投手・先発専業投手の三塁走者の生還率(1989~2020年MLB

このようにみていくと、前回の記事でみたとおり、奪三振率やWHIPと引継走者生還率との強い相関が認められるわけでもなく、「火消し」向きといえるようなタイプを特定するのは困難である。さらに、上記のとおり、救援投手こそ火消しに長けているとも言い切れない。そうすると、さてはて、ピンチの局面で「火消し」のために継投するのは意味があるのか、という疑問に直面してしまう。

「火消し」の狙いの本質は高まった「燃焼度合い」の平均並みへの回帰

この疑問に対する解は、イニング別の出塁数が、投手の調子はコンディションの要素まで含め、一定ではないということだと考えている。

つまり、例えば「チーム打率2割7分」といったとき、コンスタントに27%の確率で1イニングあたり1ないし2本の安打が出ているわけではなく、実際には全くといっていいほど快音が聞かれないときがある半面、集中打を浴びせられるときもあるなど、むらっ気がある。統計論的(「負の二項分布」)にみても、コイントスのように「チーム打率2割7分」で安打が出るチームであっても、イニング別安打数の分布は、無安打のイニングがある半面、集中打の生じるイニングが生じ得る。

このことは実データからも裏付けられる。2020年MLBにおけるイニング中に許した安打数+四死球数の分布をとると、次図のとおりである。次図の青色実線がMLBにおける実データ、黄色破線が統計理論値であり、殆ど一致している。ただ、僅かながらに実データの方が、「無安打」のイニングの確率が高く、出塁数の多いイニングの割合が低めとなっているようにもみえる。このグラフの見方は案外難しい。一つの見方をすると、投手も人の子であり、確率論的に出塁を許し易いときも決して許さないときもあり、実データは自然に統計論どおりに収斂している、ということかもしれない。否、別の見方もできるかもしれない。もしかすると、もし継投なかりせば――一人の投手に頼り続けた場合には――、出塁者数の多いイニングでは、もっと多くの走者を許した可能性があり、実データの統計理論値との一致は、いわば人為(継投)の為せる業なのかもしれない

f:id:carpdaisuki:20210201222347j:plain

2020年MLBにおけるイニング中の出塁者数分布

次に、2020年MLBにおけるイニング途中での継投についてデータをみてみよう。イニング途中での継投において、継投前の投手が許した出塁者数は、次図の青線折れ線グラフのとおり、2人程度というケースが多い。この状況は、投手が本来の投球結果を出せなくなり、スイッチせざるを得なくなったことを意味する。

f:id:carpdaisuki:20210201222640j:plain

2020年MLBにおけるイニング途中での継投(継投前後の投手が許した出塁者数)

マウンドを引き継ぎ、そのイニングを締めた救援投手が許した走者数は、上図の赤色折れ線グラフのとおりなのだが、もう少し仔細にみてみよう。マウンドを譲り受けたときのアウトカウント別に、救援投手がそのイニング中に許した走者数の分布をとると次図のとおりとなる。

f:id:carpdaisuki:20210201223240j:plain

イニング中に継投した投手が許した走者数分布(継投時のアウトカウント別)

このグラフだけだと、ちょっと分り難いかもしれない。次図のように、救援投手が許した走者数の登板数に占める割合を示すと次図のとおりとなり、要するに、実データ(実線折れ線グラフ)と統計理論値(破線折れ線グラフ)が殆ど一致している。つまり、継投前の投手が統計的にみてもかなり悪い状態に陥ったもとでスイッチし、そこから受け継いだ救援投手は、パフォーマンスが統計理論値並みに復していることが分かる。これこそ「火消し」の本質なのではないか。統計理論値並みの投球内容でも、引継走者を生還させない保証はない。打たれてしまうこともあるが、それでも「統計的にみてもかなり悪い状態」の切断を果たすことができれば、それが「火消し」なのである。

f:id:carpdaisuki:20210201223427j:plain

イニング中に救援投手が許した走者数の登板数に占める比率(継投時のアウトカウント別)

プロ野球の救援投手に「新門辰五郎」のようないつも完璧な火消しを期待することは難しい(江戸もしょっちゅう大火になっていたので、幕府・町奉行所として常に防火に成功していたとは言い難いのだが)。けれど緊張感の高い場面できっちり抑え、試合の流れを引っ張ってきてくれることもある。ピンチで登板した救援投手に対しては、過度なプレッシャーを感じさせることなく、普段どおりの精いっぱいの投球を期待し、結果は後からついてくるもの、という程度に考えるのが、データに裏打ちされた冷静な応援の仕方ということかもしれない。